Square Up New Yorkは2025年5月に「New York Silicon Alley Meetup #12 NYC Innovation Ecosystem Frontline」を開催した。共催したのはConectandoとDeloitte Tohmatsu Venture Support、本メディアを運営しているpilot boat。
「Silicon Alley」とは「Silicon Valley」をなぞらえた、New Yorkを指す言葉だ。New York Silicon Alley MeetupはNew Yorkのスタートアップシーンに関連する様々なゲストを招き開催されている。今回は東京都が主催するSusHi Tech Tokyo 2025のサイドイベントとなっていることもあり、国際色豊かに開催された。本記事ではダイジェストで当日の模様を紹介する。
実産業の課題を解決するためのPoCに強いNY
トップバッターとして登壇したのは、Square Up New Yorkの梅原靜香氏。同社はスタートアップをはじめ、日本企業の米国進出をサポートする会社だ。氏からは「Silicon Alley」の概観が語られた。

Square Up New York 梅原靜香氏
New Yorkは世界第2位のスタートアップ都市だ。課題起点で生まれる日本のスタートアップとも親和性が高く、日本のスタートアップがグローバル拠点を考える上で、重要な戦略拠点となりうる。
Silicon Alleyとは、New Yorkのマンハッタン南部からブルックリン北部にかけて広がる地域の名称。大企業や金融機関はもちろん、ファッションやメディア、アートといった産業が狭いエリアに密集している点に特徴がある。このような環境はスタートアップにも影響を与えているようだ。具体的には、(シリコンバレーの「Problem looking for a market」というアプローチに対して)
実社会の具体的なニーズが出発点となる「Market looking for a problem」の傾向が強く、既存産業が抱える課題をテクノロジーで解決するビジネスが多く見られるという。
文化、人種、社会背景の多様性から生じる育児、教育、移民問題といったリアルな生活課題がこの狭い地域には数多く存在し、それらを起点としたスタートアップも多数活動。あらゆる産業の現場と隣接しているため、PoC(実証実験)が行いやすいことも、この地域の特徴と言えるだろう。
パンデミックを経てリモートワークが常態化した今、企業にとってどこに本社があるかはもはや本質的な意味をもたなくなりつつあります。そんな中、ニューヨークは多様性と国際性、そして投資家やメディアとの豊富な接点を備えた「世界とつながる交差点」として、圧倒的な魅力を放ってきました。リモートの時代だからこそ、リアルで人と会うならば濃いつながりが築ける場所であることが重要となっており、ニューヨークはまさに、「どこにいても世界とつながれる場所」であると同時に、「ここにいれば世界が向こうからやってくる場所」。そんな唯一無二の特性が、スタートアップやグローバルチームを惹きつけています。(梅原氏)
日本のスタートアップに対するニューヨーク市の支援
続いて登壇したのはNYCEDC(New York市経済開発会社)で国際パートナーシップ担当のディレクターを務めるAnne-Sophie Mahle氏だ。氏からはNYCEDCという組織やNew Yorkという都市の特徴が説明された。

NYCEDC(ニューヨーク市経済開発会社) Anne-Sophie Mahle氏
日本企業がNew Yorkへ進出するに際してNYCEDCは、助成金プログラムやオフィス、インキュベーター、コワーキングスペースの紹介などをしてくれるそうだ。New Yorkでの人材確保や優遇措置の活用、事業開始に必要な行政機関との連携もサポートする。
New York市の経済規模は、国に例えると世界9位で、これはカナダに匹敵する規模だ。日本のスタートアップが進出するにしても、大口顧客となり得る可能性を秘めている。またNew Yorkは、市内には100を超える大学が存在し、現役学生や卒業間もない人材が約100万人在籍しており、優秀な人材の宝庫である点も特徴だとMahle氏は語る。
NYCEDCは現在、3つの分野に注力。即ち「Tech & Creative」「Life Science」「Green Economy」だ。ちなみに、これら専用のプログラムを受けるために、必ずしもNew Yorkに本社がある必要はないそうなので、日本のスタートアップにも興味をもってもらいたいとのことだ。
「施設」面からニューヨーク進出をサポート
Newlabはブルックリンを中心に、スタートアップのための施設提供や資金調達支援などを通じ、特にエネルギー、モビリティ、新素材といった分野で世界の大きな課題解決に貢献するテクノロジー企業を支援する組織だ。

Newlab, Garrett Winther氏
同社はブルックリンのほか、ミシガン州や国外においても歴史的建造物を有効活用し、起業家たちのための活動拠点を創出している。都市部でのドローン活用区域の運営や、世界各地の休眠鉱山の再活性化などにも取り組んできた。さらに、これらの拠点を活用し、世界中の大企業や政府機関と連携して、次世代車両の開発、マイクロモビリティ充電ソリューション、産業用5Gネットワークといった商業実証実験を積極的に推進しているという。
またWinther氏は、スタートアップが米国進出の最初の地としてシリコンバレーを選ぶのは必ずしも最善の選択ではないと語る。市場拡大に必要な顧客、人材、資金という面では、ベイエリアよりもNew Yorkが有利だとの主張だ。
NY進出を目指す日本のスタートアップ3社のピッチ
イベントの後半では、New York進出を計画する日本のスタートアップ3社がピッチを実施した。JETRO NYの中嶋大騎氏とArtesian, Partner & Head of Impact Investments, Vicky Lay氏がコメンテーターを務めている。

JETRO NYの中嶋大騎氏とVicky Lay氏
① 大企業向けAIオーダーメイド「Recursive」

株式会社Recursive, Tiago Ramalho氏
Recursiveは、大企業が直面する複雑な課題に対し、AI技術を駆使したオーダーメイドソリューション「Recursive」を提供するスタートアップだ。顧客企業それぞれの独自のニーズやワークフローに深く適合する形でAIシステムを設計・開発し、ビジネスプロセス変革を支援。サービスには自律的にタスクを実行するエージェントAIツールや、高度な予測を可能にする科学シミュレーターなど、多様な機能が組み込まれ、これらを活用してクライアントごとの課題解決に最適なソリューションを提供する。
主な顧客層は日本の大手企業で、その事業領域はエネルギー、製薬、教育、金融、エンジニアリング、飲料といった多岐に渡るようだ。具体的な実績として、ある大手エネルギー会社向けにLPガスの配送効率を32%向上させる配送生成エージェントを開発した事例や、製薬会社の研究開発プロセスを加速するためのディスカバリーエンジンを構築した事例などを挙げた。
② データを用いた観光地再生「10pct.」

10pct.株式会社 中堀友督氏
10pct.が取り組むのは、データに基づいた徹底的なホテル運営の最適化だ。独自のホテル予約システムから得られるデータを駆使し、マーケティング戦略、財務管理、そしてホテルオペレーション全体を効率化する。大手ブランドの知名度に頼ることなく、例えばその土地ならではの「村の歴史」といったローカルな魅力を前面に押し出すことで集客を図る新しいアプローチを模索している。
10pct.が着目するのは、大手ホテルチェーンがブランド力やロイヤルティプログラムに大きく依存する集客モデル。同社はこれに対し、「観光は必ずしもブランドではない」という独自の視点を提示。特に地域固有の魅力が重要となる観光体験において、従来型の手法に限界を感じている。
10pct.は2023年に設立され、ピッチ現在で15のホテルプロジェクトにアドバイザリーとして関与。日本の大手不動産会社からも出資を受けている。クライアントと共にレストランを開業するなど、事業の多角化も視野に入れているようだ。
③ 低温・高湿度保存技術「Cool Innovation」

株式会社Cool Innovation, Daniel Chang
近年、エネルギー効率と環境負荷低減はあらゆる産業にとって喫緊の課題である。そうした状況下で、水を利用した冷却・空調分野を提供するスタートアップがCool Innovationだ。同社はエネルギー消費を大幅に削減しつつ、空気清浄機能も併せ持つシステムを開発。特に生鮮食品の鮮度管理市場で実績を伸ばしているという。
Cool Innovationの技術は従来の冷却方法と比較すると、エネルギー消費を1/3まで抑制可能だ。加えて、電力使用量自体も30〜66%の削減が見込まれ、コスト面でも大きなメリットが期待できる。特筆すべきは、これまで取り扱いが困難であったアンモニアを安全に冷媒として利用できるようになった点だ。単に温度を下げるだけでなく、空気の質を向上させる機能も備えていることも特徴の一つ。Cool Innovationは倉庫やコンテナ向けの冷却ユニットの提供を通じ、国内外企業の物流コスト削減に貢献。将来的には、この高効率な冷却技術をデータセンターやサーバーの冷却に応用することも視野に入れている。
続報はFacebookコミュニティで
すべてのセッションが終わった後は、ミートアップを実施。主催者の一角としては、日本人と外国人が半々でミートアップなど成功するか心配だったのだが、杞憂だったようだ。日本語と英語を交え、驚くほど活発にコミュニケーションが取られていた。

活況の内に幕を閉じたNew York Silicon Alley Meetup #12。次回の開催は未定だが、続報がほしい方はぜひFacebookコミュニティに参加してほしい。
(text: pilot boat 納富 隼平、photo: ソネカワアキコ)