ルールがないからこそ良識が必要。不妊治療に立ちはだかる3つの壁を乗り越える|context FemTech vol.01 レポート

※ページ下部に、イベントアーカイブ動画があります。

女性の健康に資するテクノロジーを意味するFemTech(フェムテック)。海外ではどんどんプレイヤーが登場しているものの、国内ではまだサービスが少ないのが現状だ。それ故にFemTech領域に進出する課題も、なかなか業界で共有されていないように感じる。

そこで本誌pilot boatを運営する合同会社pilot boatは、オンライン診察でピル処方するアプリ「スマルナ」等を提供する株式会社ネクイノと共同で、FemTechの前提となる知識を得るためのシリーズ勉強会イベント「context FemTech」を開催することとした。初回となる今回のテーマは「不妊治療」だ。

女性の社会進出や出産の高齢化といった事情もあり、注目度を高める不妊治療。しかしそこにはアクセス・金銭・機会の3つの壁があると、松本レディースクリニックの松本氏は語る。スタートアップとして不妊治療の課題に取り組む株式会社ファミワン(以下「ファミワン」)、株式会社ステルラ(以下「ステルラ」)も交え、不妊治療に潜む課題についてディスカッションがなされた。

 

不妊治療に立ちはだかる3つの壁

イベントは松本氏のキーノートから始まる。松本氏は東京大学の産婦人科教室に入局し、臨床と研究に携わった経歴をもつ。現在は池袋で松本レディースクリニック/リプロダクションオフィスを経営する、不妊治療のスペシャリストだ。

松本レディース リプロダクションオフィス 院長 / 一般社団法人メディカル・フェムテック・コンソーシアム 代表理事 松本 玲央奈氏

松本レディース リプロダクションオフィス 院長
一般社団法人メディカル・フェムテック・コンソーシアム 代表理事
松本 玲央奈

東京大学大学院医学研究科博士課程修了 医学博士。 産婦人科専門医・指導医 日本生殖医学会生殖医療専門医 着床の研究に従事。
2015年 ESHRE(ヨーロッパ生殖医学会)Basic Science Award for Poster Presentation を始めとして国内外の不妊治療関連の学会で受賞歴多数。
現在は東京池袋の不妊治療専門クリニック、松本レディースクリニック/リプロダクションオフィスで日々診療に携わっている。

 

日本で初めて体外受精由来の出産が行われたのは1983年。それから約40年を経て、現在国内で生まれる乳児のうち、16人に1人が体外受精で生まれているとされている

日本産婦人科学会によると不妊の定義は「妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間(1年が一般的)妊娠しない」こと。なぜ検査結果により不妊症とジャッジしないかというと、そもそも現代医学においても妊娠のプロセスの全容が解明されているわけではなく、不妊の原因がわからないことも少なくないからだ。当然ながら不妊の原因は女性だけでなく、男性に起因することもある。

不妊治療に立ちはだかる壁は、当然医療に関わるものだけではない。松本氏は①アクセス ②金銭 ③機会 の3つの壁があると語る。

image: 松本レディース リプロダクションオフィス

①アクセスの壁は、不妊専門クリニックを受診するまでの壁だ。患者としては不妊治療クリニックに行くには時間的なハードルもあれば、時間は作れても「そもそもクリニックに行くこと自体に勇気がいる」といった面もある。

②金銭的な壁について。一般的に不妊治療、特に体外受精は高額負担になるケースが多い。しかも前述の通り不妊の原因は特定が難しいこともあり「具体的な金額シミュレートするようなもサービスは難しいのではないか」と松本氏は語る。

最後に③機会の壁だ。これはクリニックに通院し続ける上での課題。最近でこそ少しずつ不妊治療と働き方のバランスについて、会社の理解が進んでいるケースも増えてきているように感じるが、まだまだこのようなケースは珍しい。松本氏の患者の中には「また休むのかと思われるのが辛い」という方もいるという。

 

不妊治療の課題解決に挑戦するスタートアップ

イベントには不妊治療分野で活躍するスタートアップ、ファミワンとステルラも登壇している。

ファミワンが提供するのはLINEを活用した妊活コンシェルジュ「famione」。利用者は妊活や不妊治療に関する知識や思考の整理をしたり、精神面の改善サポートを受けられる。具体的には、LINEでファミワンと友達になりチェックシートに回答すると、妊活に対するアドバイスが届く仕組みだ。無料でも利用できるが、有料のプレミアムプランに登録すれば、専門家に電話相談できたり、自分からテキストで何度でも相談できる。最近では妊活サポートの福利厚生サービスとして企業や行政にもサービス提供。各種サービスから取得した妊活データは、東京大学等の研究機関との共同研究とも将来的には連携し、新たなサービス開発に役立てるという。

株式会社ファミワン 代表取締役 Founder 石川 勇介氏

株式会社ファミワン 代表取締役 Founder
石川 勇介

愛知県犬山市出身。自身の妊活で強く感じた課題を解決するため、2015年に株式会社ファミワン( https://famione.co.jp/ )を創業。不妊治療の専門家によるLINE上の妊活サポートサービス「妊活コンシェルジュ ファミワン」の提供と、小田急電鉄などの企業や、神奈川県横須賀市などの自治体に向けた妊活・キャリア支援を開催。夫婦の葛藤と成長を描くフジテレビのテレビドラマ「隣の家族は青く見える」の監修や東京大学との臨床研究なども実施。

 

続いて登場したのはステルラ。「すべてのライフステージと自分らしさが共存する社会を創る」をミッションに掲げ、不妊治療や卵子凍結を取り扱うクリニックや病院を紹介する「婦人科ラボ」を運営している。婦人科ラボではクリニックの検索や専門家へ相談ができ、専門家のコラムや動画が見られる。2020年12月時点で掲載されているのは、全国の不妊治療クリニック約600院。エリアや条件を絞って医院が検索できる。また制限が3通と制限はあるものの、LINEで専門家への相談が可能だ。

株式会社ステルラ 代表取締役 西 史織氏

株式会社ステルラ 代表取締役
西 史織

金融業界で営業、IT業界で事業開発に従事後、27歳のときに将来のことを考え卵子凍結をする。その経験から、女性のライフステージと仕事の両立についてをライフテーマに活動。妊活をしている方や卵子凍結をしたい方へ向けたクリニック検索専門サイト「婦人科ラボ(https://www.fujinka-lab.com/)」を運営。Twitter(@suteluranishi)での情報発信や、日刊ゲンダイ、日経xWOMANでの執筆も行う。

 

ここからは松本氏、石川氏、西氏の3名にモデレーターを交えて、パネルディスカッションが行われた。

 

規制のグレーゾーンとどう向き合うか

ーー ファミワンと婦人科ラボというサービスは、3つの壁の中では機会の壁やアクセスの壁を崩すというお話かと思います。医療側の立場からはどのように見えますか?

松本(松本レディース):
素晴らしい試みだと思います。まず啓蒙という意味で、不妊治療に関する正しい知識を伝えるのは重要だと思います。私のところに来てくださる患者さんでも「そんな知識全然知らなかった」ということは珍しくありません。クリニックに来る前にできることがあるという意味で、意義ある活動だと思います。

ファミワンでは「不妊治療をやめる相談」というものがあると伺いました。医療の立場からすると「あなたは難しいからやめましょう」とは言えない(言うべきでない)んです。医療というのはそういうものなんです。患者より先に諦めることはありえない。ただそれが患者さんの救いになるとは限らない。直接治療をしていないから話せることもあると思います。患者さんには重要な選択肢ではないでしょうか。

婦人科ラボの啓蒙活動も素晴らしい。やはり不妊クリニックに行くというのは、精神的なハードルがあります。そのためあらかじめ得られる情報をインターネットで取得できるというのは、不妊治療全体のプロセスから見ても大事だと思います。

ーー ファミワンと婦人科ラボを運営する上で、立ちはだかった規制等があれば聞かせて下さい。

西(ステルラ):
今の事業に行き着く前に、受精卵や卵子の保管施設の運営というアイディアがあったんです。ただこの事業をやろうとすると、法令ではないのですが、医師会のガイドライン的にグレーな部分があったんですね。そこに抵触して大丈夫なのかが正直よくわからない。法令じゃないですからね。当時はそれがジャッジできなくて、一旦断念したことがありました。

松本(松本レディース):
まずアイディアについてですが、胚の保管場所というのはクリニック側も困っているんです。採集すればどんどん増えていくし管理も大変。何かあったときのための保険料も高額です。なので卵子等の保管サービス自体は興味深いと思います。ただ移送が必要になるのは1つの事業リスクですね。

西(ステルラ):
そこなんです。ガイドライン上では採卵したクリニックで保管しなさいというルールになっていました。これはどういう意図なんでしょう。

松本(松本レディース):
明確にはわかりませんが恐らく「採卵をしたら最後までちゃんと責任とってください」ということでしょう。当たり前の話ですが、責任の所在をはっきりさせておくことは、医療側にも患者さん側にも非常に重要です。もしその規制を上手くクリアできるとしたら、どこからどこまでがどちらの責任という明確な線引きが必要かと思います。

ーー ファミワンは規制にぶつかったことはありますか?

石川(ファミワン):
今の話と重なりますが、医療ガイドラインも含めて、どこからどこまでが白・黒・グレーなのかという話はありますよね。どこまでをちゃんと守るべきなのかの判断は非常に難しい。

ファミワンとしては「ここは乗り越えるべきじゃない」と思ってやらなかったことが、他のスタートアップや鍼灸院等が、踏み込んだことをしていることは何度か見ています。

西(ステルラ):
これ炎上するんじゃないかなという表現があったりしますよね。

石川(ファミワン):
中立な情報のように書いてあるけど、医療事業をやっている目から見ると…というものですよね。でも一般の人は信じちゃいそうなものはあります。

松本(松本レディース):
事実でないことを書いているとか、サプリ等が問題になるケースは多いですよね。ただこんなことをやっていると、結局業界全体が信頼を失ってしまう結果になります。ちゃんとしたことをやるというのが結局なにより大事だと思いますね。

ーー 逆に、規制をこういう風に変えてほしい、といった話はありますか?

西(ステルラ):
アメリカのスタートアップの方に聞いたのですが、アメリカだと不妊治療に関するデータを集めている機関があって、クリニックに報告義務もあるらしいんです。それでそのデータを自由に使っていいようになっているらしいんですね。それを使ってアメリカのFemTechのイノベーションが起きていると。日本はそういうの聞いたことないですね。

松本(松本レディース):
それはすごい良い考え方だと思うんですよ。ただアメリカではやりやすい理由があって、あちらのクリニックは規模の大きいものが多いんですよ。他方で日本は規模の小さいクリニックがたくさんある。なので相対的にデータの取得が大変という一面はある気がします。

石川(ファミワン):
データの出し方って難しいんですよね。極端な例ですが、38歳以上の患者がいるクリニックAといないクリニックBだったら、恐らくクリニックBの方が成功率が高くなるはずです。数だけを見るとBの方が優秀なクリニックですが、裏側のデータを見ないと本当に優秀かどうかは判断できないわけです。

 

サービスの先にいるのは患者

ーー FemTechはメディカルとも関わるので、研究機関等との連携も必要になる場合があるかと思います。ファミワンは研究機関とも連携されているという話がありましたが、苦労はありましたか?

石川(ファミワン):
今ファミワンは、東京大学やIVF JAPANグループと共同研究をしていますが、そこに至るまでにいくつかのクリニックと破談しています。「うちとだけやってほしい」というところもありましたがそういうわけにはいきませんし、研究結果が恣意的になってしまうのも避けなければいけません。色々な方とお話して、やっと東京大学の先生達に行き着いたという感じで、協力的な研究機関等を探すのは、スタートアップとしてはハードルが高いなと感じました。

松本(松本レディース):
研究モデルに適合するクリニックを集めるのもやはり難しいですか?

石川(ファミワン):
そうですね。医療側からも、協力しやすい・しにくいというものはあるものなんでしょうか。

松本(松本レディース):
難しい問題ですね。うちのクリニックにも、色々な連絡が来るんです。ただどこをどう信用するのかは判断が難しい。むしろファミワンみたいに、アカデミアに話を最初に通すのは悪くないと思いますけどね。信用力が上がります。「その先生が協力しているならいいですよ」ということですね。

クリニックにとって他のクリニックは競合他社なわけです。そうするとこちらのデータを提供するのはハードルが高い。であれば、大学の先生とかにうまく話を通して、研究モデルの設計の段階からその先生に相談する。そこから輪を広げていくのが正攻法かなと思います。

ーー FemTechのサービスって企業の福利厚生として導入されるケースもありますよね。難しいことはなんですか?

西(ステルラ):
企業メリットの説明ですね。特に妊活関連は一部の社員だけがメリットを享受できるものと思われがちですし、実際そういう一面もあります。それを何千人何万人いる企業の福利厚生サービスとして取り入れるかどうかの判断は難しいと、議論している人事の方からはよく聞きます。

松本(松本レディース):
なるほど。確かに僕たち医者も不妊治療の講演をすると、「結局早く妊娠しろってこと?」ってなっちゃうんですよね。ただ実際は色々な人生があるわけなので、その人にあった選択こそが重要。ただ仕事が楽しい時期と妊娠したい時期が被ることも多いわけです。そこが難しいですよね。

西(ステルラ):
どうしてもそうなりますよね。

松本(松本レディース):
ステルラは卵子凍結も扱っていますよね?

西(ステルラ):
はい、卵子凍結をできる医院のご紹介であったり相談も請け負っています。

松本(松本レディース):
卵子凍結について事前に知っていただくことは、非常に重要だと思っているんです。というのも、1個凍結したからと言って必ず受精するわけじゃないからです。じゃあ何個凍結すればいいのかと言われても、その判断も難しい。不安定な保険みたいなような感じなんです。「何個凍結すればいいのか」と聞かれても、医者からは「何個」とは言えないから、患者さんからすれば「あの医者は答えてくれない」って思われちゃうんですよね。不妊治療を望んでいる方の多くは、ここまでの事情は知っていません。今後卵子凍結が広まっていくに際して、この知識をクリニックに来る前に知っていただくのは重要かなと思います。

西(ステルラ):
医療機関としては曖昧なことも言えないですもんね。そこを相談できるようなサービスは、スタートアップがやるべき領域なのかもしれません。

ーー 卵子凍結については、結婚年齢が上がっているっていることもあって、今後普及していくと見込まれています。需要が増えたなら金額も下がるんじゃないかなとも思うのですが、その点はいかがですか?

松本(松本レディース):
難しいのは、卵子凍結に必要な機材の金額がどんどん上がっているんです。体感ですが、10年間で3~4倍になっています。それで値上がっている面はありますね。コストは患者さんに請け負ってもらわなければいけないので、ここはなかなか難しいですね。

ーー 最後に、これからFemTech領域に踏み込もうとしている方々についてアドバイスをお願いします。

西(ステルラ):
FemTechは最近話題になってきていますが、まだまだプレイヤーが少ない印象です。良いアイディアがあればもっと増えて欲しいですし、それによって市場もどんどん大きくなっていくと思いますので、厳しい分野ですが是非チャレンジしてほしいです。

石川(ファミワン):
今不妊治療が保険適用になるのかという議論が持ち上がっているように、金銭的な壁のお話も世の中の話題となっています。また卵子凍結の話然り、テクノロジー発達によって改善されていうことも多くなってきました。それに伴い、どう正しく伝えていくのかも重要になっています。それはスタートアップだけ、医療機関だけ、行政だけという話ではなく、色々と連携していきながら進めていけるといいなと思っています。

松本(松本レディース):
今FemTechというのが1つのムーブメントになっていますが、これをこのまま終わらせるのではなく、しっかり盛り上げていくことが、患者様にとっても追い風になると思います。

新たにスタートアップをやられる方にお願いなのですが、サービス運営にあたってグレーな部分はあるとは思います。ですがルールがないからこそ良識が求められるんですサービスの先に患者さんがいるということを忘れずに、一緒にいいものをお届けできたら嬉しいです。

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以下当日のイベントのアーカイブとなります。

 

FemTech事業を営もうとする方への情報提供を目的としたイベントcontext FemTech。初回は不妊治療をテーマとして、医師 + スタートアップ2社の構成としました。次回も目的は同じとしながらも、テーマ等は変えて開催していく予定です。

なおpilot boatでは、FemTechに関する情報キュレーション・共有を目的としたFacebookグループ「FemTech Insight」を運営しています。イベントの告知も含め、情報を受け取りたい方はご参加下さい。

FemTech Insight by pilot boat
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