2024年5月、シリコンバレーに次ぐ世界第2位のスタートアップ都市であるニューヨークのエコシステムや投資環境について語るイベント「New York Silicon Alley Meetup」が開催された。主催はスタートアップのニューヨーク進出を支援するSquare Up New York。
(情報開示)本メディアを運営している合同会社pilot boatは、本イベントの協力会社となっている。
「Silicon Alley」とは「Silicon Valley」をなぞらえた、ニューヨークを指す言葉だ。New York Silicon Alley Meetupはニューヨークのスタートアップシーンに関連する様々なゲストを招き、これまでに10回の開催を数えている。コロナ禍を経て6年ぶりの開催となる11回目は「ニューヨークのスタートアップ投資環境」をテーマに据えて開催された。
本稿ではイベントの中から、ニューヨークのスタートアップエコシステムと投資環境の概観と、NYで活躍する日本人3名が登壇したパネルディスカッションの模様をお届けする。
スタートアップ都市2位のNY。その魅力は
イベントの冒頭には、Square Up New York 梅原靜香氏から、ニューヨークのスタートアップエコシステムと投資環境概要が解説された。
そもそも「Silicon Alley」は主にLower Manhattan、ひいてはニューヨークを示す言葉だ。調査や内容にもよるものの、ニューヨークは様々なスタートアップ都市ランキングでシリコンバレーに次ぐ2位に位置することが多い。その特徴はなんといっても全米最大の都市であることだ。ファッションや不動産、金融、メディア、アート、医療、広告といった産業の影響が大きく、それに伴い-tech(ハイフンテック)と呼ばれる、Fashion-techやReal Estate-techといった既存産業とテクノロジーを掛け合わせた分野に強みをもつ。グローバルに展開するVCが拠点を構えたり、行政の支援が強いのも特徴だ。ペンシルニア大学やハーバード大学といった東海岸の名門大学卒業生の起業も多いというデータを梅原氏は紹介する。
Square Up New York 梅原 靜香 | UMEHARA Shizuka
ニューヨークで日系企業の米国進出を支援するSquare Up Consultingを設立。 官公庁・自治体主催のベンチャー企業海外展開支援事業の企画設計と現地運営・米国法人登記・市場調査・展示会主催・イベント企画運営・税務/営業/マーケティングアドバイザリー等あらゆる日系企業の米国進出支援事業に従事する。カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校会計大学院卒業。起業前はErnst & Young NYオフィス・PriceWaterhouse Coopers LAオフィスで税務プロフェッショナルとして勤務後、デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社にてベンチャー企業の海外進出支援コンサルに従事。
ところで、アメリカのスタートアップシーンは、金利上昇による資金調達環境の悪化、国際的な政治情勢、地政学的リスクなどを原因に、2023年頃から不調に陥っていると言われる。ニューヨークも例外ではなく、2021年をピークにスタートアップによる資金調達件数は減少。EXITについても同様の傾向を示している。VCのファンドレイジングも激減しているようだ。
とはいえ、前述の通りスタートアップ都市2位に位置づけられるニューヨークの投資環境はまだまだ魅力的なようだ。その要因として梅原氏は以下の要素を挙げる。
- 資金調達の機会が豊富
- 産業の多様性
- 人材の集積
- 大企業との連携機会
- 政府の支援
最後に梅原氏は以下のように語り、講演を締めくくった。
「ニューヨークには非常に魅力的なスタートアップ市場があります。日本の都市型生活と相性がよく、アメリカ進出を考えているスタートアップは、シリコンバレーだけでなく、ぜひSilicon Alley、ニューヨークに目を向けてみてください」
梅原氏の講演後には、New York AngelsのRay Farrell氏が登壇。エンジェル投資家集団であるNew York Angelsの投資活動を紹介した。
New York Angels, Ray Farrell
エンジェル投資家兼弁護士であり、120名以上のエンジェル投資家が参加する巨大エンジェル投資家組織、New York Angelsの中心メンバー。専門領域は戦略的知的財産権に関する法律と投資戦略であり、その豊富な知識と経験を活かし、数々の投資に成功し、成長企業を支えてきた。全米に複数のオフィスを構える弁護士事務所 Carter, DeLuca & Farrell LLP の創業代表パートナー。
続いて催されたのは、「ニューヨークのスタートアップ投資環境の最新トレンド」と題されたパネルディスカッションだ。モデレーターは梅原氏が務め、ニューヨークで活躍する日本人起業家であるOishii Farmの古賀大貴氏、VCであるGreat Wave Ventures 井口信人氏、JETRO NYの中嶋大騎氏が登壇。ニューヨークのスタートアップシーンを異なる立場から俯瞰した。以下ではその模様をお届けする。なお、古賀氏はオンラインで登壇した。
日米の投資家からシリーズBで200億円を調達。その戦略は
梅原(Square Up New York):
本セッションでは、「ニューヨークのスタートアップ投資環境の最新トレンド」を、3つの異なる立場から聞いていきます。まずは自己紹介をお願いします。
井口(Great Wave Ventures):
ニューヨーク拠点のベンチャーキャピタル、Great Wave Venturesの井口です。我々の投資領域は街づくり関連です。不動産や建設、物流、サステナビリティを中心に投資をしています。1号ファンドはニューヨークを中心に米国で投資していますが、現在ファイナンス中の2号ファンドは日本のスタートアップにも投資していく予定です。
中嶋(JETRO New York):
JETRO New Yorkで主にスタートアップの米国展開支援などを担当している中嶋大騎です。
古賀(Oishii Farm):
ニューヨークでイチゴの植物工場を運営しているOishii Farmの古賀です。植物工場はこれまでレタスなど一部の生産物しか育てられなかったんです。しかしOishii Farmの植物工場では、イチゴやトマトといった、ハチを使って受粉する作物の生産に成功しました。現在は日本品質のおいしいイチゴをアメリカで販売しています。
梅原(Square Up New York):
アメリカで市販されているイチゴはゴリゴリとしていて酸っぱくて、砂糖をかけないと食べられないようなものも少なくないのですが、Oishii Farmのイチゴは非常に甘くて本当においしいんですよ。Whole Foods(アメリカ全土に展開する大型スーパー)でも買えるようになっていて、アメリカ在住者には嬉しいサービスとなっています。
梅原(Square Up New York):
それでは最初のテーマとして「ニューヨークのVCトレンド」について、お三方それぞれの立場からお話を聞かせてください。
古賀さんが率いるOishii Farmは、日本発のスタートアップとして異例の、米国でシリーズB、200億円規模という大型の資金調達に成功しています。その成功要因やアメリカVCから資金調達をする際のポイント、日本のVCとの比較などを教えてください。
古賀(Oishii Farm):
まず、(本イベントを開催した)2024年5月現在までの2年間ほど、アメリカの投資環境は相当冷え込んでいるのを肌で感じています。特に植物工場というディープテックは設備投資に多額のお金がかかるし、研究開発にも相当の時間が必要な分野です。そのため近年の投資対象からは敬遠されているように感じています。特に我々は100億円以上の巨大な調達をする予定ということで、投資家を探すのに苦労しました。資金調達規模でみた世界の植物工場スタートアップトップ10のうち、数社はこの12ヵ月ほどで倒産しているようです。
そんな中Oishii Farmは、日米で資金調達できるという点が強みになりました。このような場合は通常、アメリカではファイナンシャルインベスターを、日本で戦略的な投資家を探すという戦略を採るかと思います。ただし今回の資金調達に限っては市況の関係で、戦略的投資家を日本をメインに周りつつ、欧米のフードテックやサステナビリティ特化のファンドにも当たり、ハイブリッドに資金調達をしました。結果として日本からはNTTや安川電機、脱炭素化支援機構、みずほ銀行といった製造業やそれをサポートする企業を中心に、長期的な目線で出資いただいています。
Oishii Farm Corporation 古賀大貴 | KOGA Hiroki
1986年東京生まれ。少年時代を欧米で過ごし、2009年に慶應義塾大学を卒業。コンサルティングファームを経て、UC バークレーでMBA を取得。在学中の2016 年に「Oishii Farm」を設立し、日本人として初めて、同大学最大のアクセラレーターであるLAUNCH で優勝。2017年から米ニューヨーク近郊に植物工場を構え、日本品種の高品質ないちご、トマトを展開する。日本発の技術を基盤に、農業の課題解決に挑戦している。
古賀(Oishii Farm):
では日本企業からの資金調達が楽に済んだかというと、そういうわけでもありません。スタートアップへの投資に必ずしも慣れている会社ばかりではないため、デューデリジェンスでは非常に苦労しました。アメリカのVCだったら2〜3週間で終わるようなデューデリジェンスに、結果として半年ほど時間を費やしています。それを個社ごとに対応するので、これはとてつもなく大変だったのは事実ですね。
梅原(Square Up New York):
アメリカと日本の投資家の両方から調達されたとのことですが、ピッチや交渉の場で何か違いはありましたか?
古賀(Oishii Farm):
ファンダメンタルな部分では、正直そこまで大きな差はありません。ただ、日本の投資家には「日本の技術で世界を取る」という点が響きました。そういった点や市場の大きさをアピールするようにはしていましたね。
西海岸とはここが違う。ニューヨークの投資家の姿勢は
梅原(Square Up New York):
古賀さんからスタートアップ目線の話を聞きました。投資家目線でのニューヨークの投資環境について教えてください。
井口(Great Wave Ventures):
まず業界として、金融はニューヨークが圧倒的に強いのは間違いありません。また不動産、その中でも商業用不動産にも強みがある。またOishii Farmのような食関連や、近年はサステナビリティ関連にも注目が集まっています。
Great Wave Ventures 井口 信人 | IGUCHI Nobu
Great Wave Ventures(旧称Agya Ventures)のマネージングパートナー。 イェール大学卒業後、 ハーバード大学ビジネススクールでMBAを取得。Great Wave Venures創業以前は、 世界最大のヘッジファンドであるブリッジウォーター・ アソシエイツで株式チームの上級投資プロフェッショナルとして勤 務。キャリアのスタートはマッキンゼー・アンド・カンパニーで、 米国アマゾンでオペレーションリーダーとして活躍した経歴も持つ 。
井口(Great Wave Ventures):
また「ニューヨークの投資環境」という意味では、シリコンバレーなどの西海岸との違いも多少は感じています。例えば私の知人がY Combinatorに採択された後、VCから資金調達をしていました。その際に西海岸のVCは、あまり評価額を気にしないで投資を決めていたそうです。それと比較すると東海岸のVCは入念にデューデリジェンスをするとのことでした。どちらがいいというわけではありませんが、東・西海岸でそういった差異はありそうです。
梅原(Square Up New York):
東海岸は金融に強い投資家が多いため、ピッチデックでもやはり数値に落とし込まないとVCに刺さらないという話を起業家から聞いたことがあります。
井口(Great Wave Ventures):
また直接的なスタートアップの話ではありませんが、住環境の話も忘れてはいけません。よく知られているように、ニューヨークは物価が非常に高いのが難点ですね。それ以外は魅力的な街ですし、ニューヨークが好きという方も非常に多いように感じています。サンフランシスコは今、治安が悪くなっていると聞いていますし、車移動が前提となっている点は西海岸と東海岸で異なりますね。
梅原(Square Up New York):
中嶋さんはJETRO New Yorkで多くの日系企業の現地進出サポートをしていますよね。その観点からニューヨークの印象を教えてください。
中嶋(JETRO New York):
ニューヨークに目を向けるVCは増えています。ニューヨークはバイオも強いので、その分野の目利きをする方が増えましたし、大手VCもアンテナを張っている。そういう話を聞いた日本企業も、ニューヨークへの関心度を高めてくれています。
また西・東海岸という意味では、西の方が比較的オープンで、ニューヨークの方がインナーサークルに入らないといけないという側面は強いかもしれません。そういう意味では私はずっとニューヨーク現地にいるので、アドバンテージを上手く使って日本企業をサポートできていると思っています。
JETRO New York Director 中嶋 大騎 | NAKAJIMA Daiki
米国のニュージャージー州で生まれ育ち、国籍も米国。2011年、ジェトロ・ニューヨークのナショナルスタッフとして採用。対日投資事業を中心に数々の米企業を支援。2019年以降、米国北東部の州政府等との連携した対米投資支援を担当、さらに2021年からニューヨークで日系スタートアップ企業支援にも加わる。。
ニューヨークで日本人起業家が闘うために必要なこと
梅原(Square Up New York):
ニューヨークで戦える日本人像についても聞かせてください。
井口(Great Wave Ventures):
ニューヨークというよりは広くアメリカの話になるかもしれませんが……私は高校までは日本、大学はアメリカ、その後は日米半々という生活を送っているのですが、自分の中にパーソナリティが2つあるような感覚があります。その2つを混同して、日本向けのパーソナリティでアメリカ企業と接する、またはその逆をしてしまうと、物事が上手く進行しないということは珍しくありません。
雑談みたいな話で恐縮ですが、上司と面談をする際、日本だったら姿勢を正してしっかり相手の話を聞きますよね。でもアメリカだと足を組んで非対称な姿勢で向かい合わないとバカにされるんです。VCがスタートアップと接するにしても、少し上から目線のような感じではないとダメと言われます。日本だったらあり得ないですよね。こういったパーソナリティの違いは常に意識しています。
梅原(Square Up New York):
英語の得手不得手という面ではいかがですか?
井口(Great Wave Ventures):
英語はできるにこしたことはありませんが、そんなに上手くなかったり、日本訛りがあること自体は全く問題になりません。むしろどれだけ自信をもって話せるかの方がはるかに重要です。自分の欠点を無理して隠すのではなく、自分の良さや強みを活かして堂々と交渉する方が成功しているように感じます。
中嶋(JETRO New York):
私もインタビューや面接、セールスの場に同行することもありますが、確かにアメリカでは「我々の技術が市場を変える。自分たちを選んでくれて間違いないよ」といった姿勢や意気込みが、起業家・CEOには大事だと感じますね。
梅原(Square Up New York):
私も日本人としてアメリカに20年ほど住んで仕事もしていますが、共感します。
古賀(Oishii Farm):
日本人起業家としてという意味では、経営そのものに際しては、日本人だから、アメリカ人だからという差はそんなに意識していません。ただ従業員の扱いは異なります。日本みたいにスパルタで「スタートアップだから耐えるのが仕事」といった感覚の従業員はほとんどいません。日本よりアメリカの方が従業員からの要求が大きく「従業員はお客さま」みたいな感覚で雇用契約する必要がありますね。
古賀(Oishii Farm):
また非常に厳しい言い方になりますが、日本人としてニューヨークで闘うには、日本との繋がりや強みを活かすことが絶対に必要です。正直、そうでなければスタートアップとして勝つのは難しいとさえ言えます。というのも日本人がニューヨークに乗り込んでスタートアップをするということは、アメリカでずっと生まれ育って、当然英語を流暢に話せて、仲間もいて、ネットワークもあるという人たちと闘わなければならないということです。丸裸で闘うのは、厳しいと言わざるを得ません。よほどの天才でない限り対等に渡り合うのは難しいでしょう。
逆に言うと、他の人が持っていないものが何かひとつでもあれば、生き残れる可能性は高まります。Oishii Farmで言うと、植物工場は日本がアメリカより先行している分野だったので、それを武器にしました。アメリカにはない品種を扱ったり、アメリカ人ではアクセスしにくい日本というマーケットから資金調達したのも、その一環です。
中嶋(JETRO New York):
やはりアメリカはハングリーさが強いのは間違いありません。日本人でもアメリカで闘うための素質は十分に兼ね備えているので、成功の秘訣の一つはパッションでしょう。1回、2回、3回失敗しただけで諦めてしまうのはもったいないと感じます。
梅原(Square Up New York):
本日はお三方から、ニューヨークの投資環境やその中で戦い、生き残る術を教えていただきました。ありがとうございました。
(text: pilot boat 納富 隼平、photo: ソネカワアキコ)