株式会社シロップ(以下「シロップ」)は、2019年7月、犬のオーダーメイドフード「PETOKOTO FOODS」を発表した。すぐに想定を超える申し込みが来たほどの人気だ。
ペットの家族化が進む中、食に気を配る飼い主が増えている。とはいえ人間と全く同じとはいかないので、なかなか自分で対処するのは難しいし、市販のフードは製造過程などが分かりづらい点も飼い主の不安要素になる。そんな中PETOKOTO FOODSが注目を浴びている格好だ。
代表の大久保氏に、PETOKOTO FOODSをはじめ、シロップの考えるペットの課題とソリューション、将来展望について話を聞いた。
(取材:2019年10月)
株式会社シロップ 代表取締役社長 大久保 泰介 / コルク
同志社大学経済学部卒。大学在学中にイギリスでサッカーをする傍らでUNIQLO U.K.のマーケティング業務を担当。日本の「良さ」を世界に発信し、展開することに魅力を感じ、2012年グリー株式会社に入社。グローバル採用マーケティング、採用戦略設計、財務管理会計に従事。肌で感じたITの可能性を通して、ペットライフを豊かにしたいと2015年3月シロップを起業。
人と人のように里親と犬猫をマッチング
国内で飼育されている犬猫は1,857万頭(2019年、一般財団法人ペットフード協会)。15歳未満の子供の数が1,570万人(2017年、総務省統計局)なので、日本は子供よりペットのほうが多い国ということになる。一般的にはペットを飼育している世代は50~70代が多いと言われている(ちなみに、晩婚化が進むとペットが増えるというデータもあるそうだ)。
ペット市場は2017年に1.5兆円を突破。今後も堅調に推移すると予測されている(2019年、矢野経済研究所)巨大なマーケットだ。またペットにかける支出額も増加。2013年に331千円だった支出額は2018年に480千円(2018年、アニコム損害保険株式会社)と急上昇している。支出額増加の原因としては、ペットとのレジャーが増加していることや、プレミアムフードと呼ばれる高単価商品が売れていること、また健康診断や予防接種といったウェルネス分野の成長が挙げられる。
そんな市場環境の中シロップは、ペットに関する複数の事業を営んでいる。
まず紹介するのは「OMUSUBI」。保護犬猫と飼いたい人のマッチングサービスだ(なお、便宜上OMUSUBIから紹介しているが、実際には次に紹介するペトことから事業展開している)。
ペットを飼いたいと考えたときに、真っ先に思い浮かべるのはペットショップだろう。ペットショップは競り市というオークションで犬や猫を仕入れていることが多く、仕入対象になるのはかわいくて健康体の売れやすい「A級品」の犬猫だ。卸元はブリーダーやパピーミル(「子犬工場」の意)と呼ばれるが、中には劣悪な環境で大量に繁殖している業者も少なくないという。B級品とみなされてしまった犬猫は捨てられたり処分される。
捨てられた犬猫は行政やNPOなどが保護するケースもあり、その数や殺処分は年々減っているとはいえ、それでも年間4.3万匹にも及んでいる(2017年、環境省自然環境局)。
僕が飼っているコーギーのコルクは内股なのですが、それだけでA級品ではなくてB級品とみなされ、捨てられていました。保護されたところを偶然私が引き取ったのです。彼にはお兄ちゃんがいたのですが、彼は健康で問題がないと判断され、30万円で販売されていました。(大久保氏、以下同様)
保護犬猫に関するメディア露出などの影響もあり、近年ではペットショップから購入するのではなく、OMUSUBIのようにマッチングでペットを迎えること形式も増えているという。
OMUSUBIは保護犬・保護猫の里親募集サイトだ。審査を通過した保護団体が犬猫を登録。ユーザは気になった犬猫を里親として迎える(里親にも審査がある)。
ペットショップには血統書がついている子供の犬猫しかいないことも少なくない。また犬や猫には100以上の種類があり、それぞれが異なる特徴をもっている。例えば、パグやフレブルなどの「鼻ぺちゃ」な犬種は気圧の関係で飛行機に乗れない。こういった特徴を飼う前に理解するのが理想だが、現実的にペットショップですぐに全てを把握することは難しい。理解しないままお金を払ってすぐ持って帰ることができるため、ミスマッチが発生し飼育放棄につながることもある。
その点OMUSIBIには常時500匹の多種多様な犬猫がいて、飼い主にとっては選択肢が増える。またOMUSIBIはデータを使って飼い主とペットの相性を診断。人間用のマッチングアプリのように、レコメンドを実施している。
ペットショップの強みは物理的に出会えて触れること。今後はペット販売のEC化が進むと思いますが、それだけでリアルに勝てるとは思いません。ただ長期的にみると、VRやARを活用して遠くにいる繁殖業者のワンちゃんと触れられるような体験ができるんじゃないかとも思います。そうなると、そもそもペットショップがいらなくなるかもしれませんね。
獣医師も執筆する信頼性の高いペットメディア
シロップ2つ目の事業はペットライフメディア「ペトこと」だ。
僕はもともと犬や猫が苦手だったんですけど、当時の彼女がトイプードルを飼っていたんですよね。最初はソファに一緒に座れないぐらい怖かったんですけど(笑)、徐々に慣れていきました。
それであるときトイプードルの情報を探そうとしてネットを検索しても、信頼できるメディアがないし、動物病院も予約できないし、決済も現金だけのところが多かったんです。
大久保氏は前職のグリーというデジタル最前線会社で新規事業の立ち上げなどを経験。そんな大久保氏からすればペット市場はデジタル化が進んでいないように見えたという。
ペットに関する情報がないというところでまずは、「ペットの暮らしを素敵に楽しく。」をテーマにしたペットライフメディア「ペトこと」の展開を始めた。
ペトことでは、獣医療、しつけ、ライフスタイルなどについての記事を制作。その特徴は信頼性を担保するために「獣医・トリマー・トレーナーなどのあらゆる専門家が執筆」していることだ。
世にあるペットメディアの中には獣医師が関わっているものもあるが、あくまで獣医師「監修」となっているだけで、執筆から入っているケースは少ないと大久保氏は語る。しかし近年はメディアの事故やフェイクニュースなどの影響もあり、「信頼性のあるメディア」の構築は、メディアのひとつのテーマである。そんな中ペトことでは獣医などの専門家が執筆し、信頼性を高めているというわけだ。
獣医師等が執筆から入るのはもうひとつ理由がある。例えば従来獣医は犬も猫も診て、目も肌もわかって手術もするようなオールラウンダーが多かったが、近年はペットの家族化が進んでことも背景にあって、専門医が増えているのだ。オールラウンダーの獣医師が必ずしも犬の癌に詳しいわけではない。そのため獣医師が自らの専門分野で執筆をする価値があるのだ。
犬のためのオーダーメイドフード
OMUSUBIとペトことを展開していたシロップだが、2019年7月に愛犬のための高級オーダーメイドフレッシュドッグフード「PETOKOTO FOODS」の提供を開始した。「愛犬のために新鮮な食事を通して健康を」をコンセプトに掲げ、食材・製法・栄養に徹底的にこだわったドッグフードだ。
ペット市場が年々微増していることは前掲したが、その内訳であるペットフード市場も上昇傾向だ(矢野経済研究所)。ペットの家族化が進む中で、食べ物にも意識が向いているからと考えられる。フード以外にも、泥パックやハーブパックなど、人間と同じく、家族同然に考えられたサービスも増加している。
ペットと人間の関係が近くなっているとも言えるが、食習慣はまだまだ犬と人間で異なるのが実情。人間は新鮮な食材を調理して毎日違うご飯を食べるのに対して、犬は原材料や製造過程もわからないブラックボックスな同じフードを、毎日食べている。飼い主としては栄養が足りているか、変なものは食べていないかということが気になるが、成分表示を見るだけでは判断できない。かといって飼い主が自ら犬用の食事を作るといっても、そもそも栄養素をバランスよく配合した食事を作るのは難しいし、手間もかかる。
そんな中シロップは、PETOKOTO FOODSの展開を開始した。これは完全な栄養補完ができて手作りに近く、餌量を考える必要もないオーダーメイドのドッグフードだ。PETOKOTO FOODSは3つの特徴を備えている。
ひとつ目の特徴は「人間も食べられる新鮮なフード」であることだ。国産の食材を原料として、保存料などが入っておらず、飼い主も安心だ。
そもそもドッグフードには水分量などに応じて「ウェットフード」や「ドライフード」といった種類があるが、シロップは水分量75%程度で、ヒューマングレードの原材料を調理後すぐに冷凍保存し、直接顧客に届けるフードを新たに「フレッシュフード」と定義。シロップは人間の食材も扱っている、九州のNフードサービス株式会社の工場と提携し、このフレッシュフードを共同開発。生産を委託している。
ペット用のドライフード工場はたくさんあるのですが、フレッシュフードのような、冷凍で配送して解凍してから温めていただくようなフードの工場はないんです。そのためフレッシュフードであるPETOKOTO FOODSは人間のフードを製造している工場で作ってもらう必要がありました。ドライフードではなくて人間向けの食材を扱っている工場で、かつペットフードにも知見がある会社ということで、Nフードサービスにお願いするのが最適でした。
彼らは物流網も持っていて、和牛の卸などもされている。肉や野菜が安定供給できる点も決め手のひとつでした。
また大久保氏によると、日本の獣医師は大学にて栄養学を深く学ぶ機会が少ないと言う。そのためPETOKOTO FOODSのレシピは日本の獣医師ではなく、ニュージーランドで獣医栄養学の博士号を取得しているNickCave氏が監修。彼のレシピをローカライズしてPETOKOTO FOODSにしている。フードレシピはエビデンスに基づいて作成され、日本で取り扱いやすい国産食材を使っているのが特徴。
PETOKOTO FOODS 2つ目の特徴は「オーダーメイド」だ。
動物病院を訪れる犬の過半数は肥満(傾向)だという。病気のリスクを抑えるためにも、カロリー・体重コントロールは重要だ。
PETOKOTO FOODSに登録すると、飼い主は飼い犬の体重や年齢など14項目のデータを入力。裏側ではCave氏が作ったアルゴリズムが動いており、犬毎に必要なカロリー量が算出される。
PETOKOTO FOODSにはビーフ、ポーク、チキン、フィッシュの4種類があるのだが、当然それぞれカロリー量は異なるので、必要カロリー数と含有カロリー数に基づいて食べる量が算出されるという仕組みだ。大きな犬なら必要量が多くなって配送頻度は高くなるし、小さい犬なら配送頻度は低くなる。最短1週間、最長2か月の幅で配送する。
3つ目の特徴は「サブスクリプション」。前述したようにPETOKOTO FOODSは必要カロリー量に応じてフード量が決まってくるので、定期配送と相性がいい。重かったり定期的に買うのも面倒なペットフードが定期的に送られてくるのは、飼い主にとっては便利なシステムだ。
PETOKOTO FOODSは当初月200件程度の申し込みを想定していたが、実際にはすぐに500件もの申し込みが来ている。安定供給と品質管理の面から一旦受注をストップしなければならないほどの人気だ。その中で顧客からは色々なリクエストが出てきたという。まずは配送頻度や配送フードの変更など、システムで変更できるように取り組んでいく。
また現在展開している初期のPETOKOTO FOODSは、健康な犬向けの総合栄養食だ。しかし人間と同じで、アレルギーや持病をもつ犬もいる。オーダーメイドという意味ではアレルギーなどの対策をしたカスタマイズがあれば、恩恵を受ける犬や飼い主は多いだろう。
また他の食事と組み合わせるためのジャーキーなどのおやつやサプリメントなどの要望も多い多い。食事の幅を広げることにも取り組んでいく予定だ。
データを活用してパーソナライズを加速
今後オーダーメイドやパーソナライズを進化させようとしたら、データの利用は不可欠だ。前傾したとおり、PETOKOTO FOODSを購入するにあたっては、体重や年齢といった項目を入力するが、それ以外のデータ活用もシロップでは実施していく。
PETOKOTO FOODSは会員データベースをペトことと連動しているので、どういう犬を飼っている飼い主がどういう記事を読んで、どういう場所に行っているなどの情報を集めていきます。
また長期的にはIoTと連携しての生体データ取得も必要になってくると考えています。ウェアラブルデバイスで心拍数を測ったり、体重計をIoT化して自動収録したり、といったところですね。
例えば近年では、ペットとキャンプや温泉などに行く飼い主が増えているという。
ペットと一緒にキャンプや美術館に行きたい人とかって結構いるんですよね。今までは犬がいるから行けなかったということも多かったのですが、最近は徐々にキャンプ場や宿がペットOKになりだしているので「じゃあ、一緒に行っちゃおう」という人が非常に増えています。とはいえまだまだ便利な情報は少ないので、うまく情報をレコメンドできるといいですね。
そもそもトイプードルのような小型犬と、ゴールデンレトリバーのような大型犬では一緒に行く場所も違うし、それゆえ欲しい情報も異なってくる。車で行くなら自家用車なのかカーシェアなのか、どんなアイテムを買ってから出かけているのかなどのデータは将来的に取得できるだろう。そうすれば、あるキャンプ場に行くなら「どういうグッズがいいよ」「どういう交通手段がいいよ」「ドッグランはここがいい」といった情報をレコメンドできる。
またシロップは、IoTによる情報収集にも前向きだ。IoTは自動でデータを取得するものなので、コミュニケーションをとれない乳児、モノ、そしてペットとは相性がいいはずだ。
話をフードに戻すと、犬も猫も人間と同じく、太りやすい・痩せやすい体質というものがある。同じカロリーの餌をあげていても体重が増えるペットもいれば、減るペットもいる。IoTを使って自動で体重などの情報を取得してフードとの相関がわかれば、将来的には自動で食事量を調整することも可能だろう。体重の変化や排泄物、その他の生体データなどの情報が取得できることで、フードのオーダーメイド化が一層進む可能性がある。
とはいえ大久保氏は、IoTを直近で使うのは難しいと考えているそうだ。
米国ではペット用のウェアラブルデバイス自体は数年前から出ていて、大手企業が買収する事例もあります。ただ米国の犬は大型が多いので、デバイスが多少大きくても大丈夫。一方日本で買われているのはトイプードルやチワワなど、小型犬が中心。彼らにデバイスをつけるのは、まだ大きさ的に違和感があるんです。
飼い主が違和感を覚えたら当然使ってくれません。なのでもっとウェアラブルデバイスが小型化されたら、シロップでも上手くつかっていけるんじゃないかと考えています。
フードだけではなく、ペットのパーソナライズを
ペットデータを駆使し、ペットフードやライフスタイルの変革にチャレンジするシロップだが、今後は「ペットライフを豊かにする点と点のコンテンツを増やし、データを通して線で結ぶ、ペットライフのコンシェルジュサービスとなりたい」と大久保氏は語る。と言うのも、ペットがいるということが、ライフスタイルの制約になってしまうケースがあるからだ。
例えば賃貸だったらペット可の物件を探す必要があるし、旅行に一緒に行くなら宿泊先や訪問先にペットを連れていけるところを探すことになる。ペット保険だって今は総合商品しかないが、種類毎の保険を望む声もある(例えばコーギーはヘルニアになりやすいし、トイプードルは目の病気になりやすい)。人間と同様ペットの遠隔診療や医薬品の配送も、将来的に話題に上ってくるだろう。
実際シロップは、例えばホテルとの協力関係を模索している最中だそうだ。ホテルとしては顧客からのペット同伴を望む声が届いているものの、ペットに関する知見が少ないため、単独では身動きが取りにくい。その点シロップはペットに関する専門的知見はもちろん、飼い主とペットのデータ基盤の面から支援できるというわけだ。(ちなみにシロップのオフィスは一軒家をリフォームした建物で、犬が滑らないようなフローリングにしたり、引っ掻いても大丈夫な壁紙にしたり、吠えても響かないように防音材を設置したりということをしていて、自分たちでもペットの知見を活かしている。)
またペトことを通じてペット可の物件を探したり、ペットと一緒に行ける旅先を選ぶということも十分に考えられる。ペットが単なる「飼っている動物」ではなく、家族化が進んでいる今だからこそ、ペットを軸としてライフスタイルを考えていくのだ。
人間の100年間の寿命が15年に凝縮されているため、ペットの誕生から葬儀まで、やれることはたくさんあります。僕たちの事業は、犬や猫とのペットライフを家族の一員にするためにあります。僕自身がコルクとの生活で欲しいサービスを生み続けていきたいと思います。
【編集後記】
既に述べた通りペット市場拡大の背景には、ペットの家族化があると考えられる。家族であるからこそ住居や旅行などはもちろん、日々の食事が重要になってくる。しかし人間だったら当たり前の、好みの食事を食べることだったり、個人ごとに量を調整するといったことをペットに実施するのは非常に難しい。だからこそデータを使いながら食事をパーソナライズすることは非常に意義深いと感じる。
インタビューはpodcastでも配信しています
制作チーム
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ぺーたろー / 納富 隼平(Notomi Jumpei)
合同会社pilot boat 代表社員CEO
1987年生まれ。明治大学経営学部卒、早稲田大学大学院会計研究科修了。在学中公認会計士試験合格。大手監査法人で会計監査に携わった後、ベンチャー支援会社に参画し、300超のピッチ・イベントをプロデュース。 2017年に独立して合同会社pilot boatを設立し、引き続きベンチャー支援に従事。長文でスタートアップを紹介する自社メディア「pilot boat」、toCベンチャープレゼンイベント「sprout」、その他スタートアップイベントを運営。得意分野はファッション・ビューティ×テクノロジーをはじめとするライフスタイル・カルチャー系toCサービス。各種メディアでスタートアップやイノベーション関連のライター、大手企業向けオープンイノベーション・コンサルティングも務める。
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森田大翔(TAISHO)
写真家/映像作家
【写真】 雑誌やWeb広告など、人物を中心に撮影。イベント撮影や企業様の採用写真(Wantedlyなど)も多く撮影。
【映像】 企業様を対象にしたドキュメンタリー映像やメイキング映像が多く、ドローンを使用した撮影も可能。(CM撮影など)
【受賞歴】 “The new generation digital photo contest 2013” 最優秀賞受賞
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