こちらの記事は、pilot boatが制作支援したTOPPAN CVCのオウンドメディアから一部改変の上、転載したものです。元記事はこちらから。
2020年、凸版印刷はスマートロック「Akerun」を展開する株式会社Photosynth(以下「フォトシンス」)と資本業務提携契約を締結しました。クラウドを通じて入退室管理ができる「Akerun入退室管理システム」は、働き方改革やコロナ禍において出社状況を確認するニーズの高まりもあり、導入する企業が増加。このAkerunと凸版印刷のセキュア事業の掛け合わせにより、入退室管理の幅を広げていこうと目論んでいます。
そんな中、フォトシンスと凸版印刷を含めた4社が「顔認証と生活者主権の情報流通を駆使したサービス」についての協業を発表しました。
フォトシンスと凸版印刷の連携や目論見、4社協業の内容、両社の印象について、上場を控えた(※)フォトシンス代表の河瀬さん・土田さん、凸版印刷の宮田・水道に聞きます。
(※)フォトシンスは2021年11月5日にマザーズに上場しました。おめでとうございます!!
オフィス向けシェアNo.1。データを使って出社率を調査
── スマートロック自体は市場に何種類もありますが、その中でのAkerunの特徴を教えて下さい。
河瀬(フォトシンス):
Akerunはオフィス向けのスマートロックとして、法人で累計6,000社以上に導入されていて、他社に比較して圧倒的なシェアを誇っています。業界ナンバー2の会社でも300~400社ぐらいなので、10倍ぐらいシェアが違うんです。導入割合は一般的なオフィスが8割、分散型のオフィスが1割、商業施設が1割程度ですね。
河瀬 航大 | Kawase Kodai
株式会社Photosynth 代表取締役社長
筑波大学理工学群卒業。㈱ガイアックスにてソーシャルメディア の分析・マーケティングを行う。2014年、㈱Photosynthを創業 し、スマートロックAkerunを主軸としたIoT事業を手掛ける。同社の資金調達は、これまでに累計約70億円を達成。さらに、日本のモノづくりとクラウドなどの最新のソフトウェア・テクノロジーを融合した、新たなビジネスモデルとなるHESaaS(Hardware Enabled Software as a Service)を日本市場で開拓し、2021年11月に東証マザーズへの上場を果たす。 Forbes 30 Under 30 Asia 2017にて、アジアを代表する人材として 「Consumer Technology」部門で選出。筑波大学非常勤講師。
── 商業施設にも入っているんですね。
河瀬(フォトシンス):
商業施設の店舗等に入っているんです。店舗の勤怠管理やセキュリティニーズとして使っていただいています。行政機関や学校、工場等にも導入いただいていますし、扉があるところならどこにでも導入されていますね。
── 確かに最近は大学等でも、出欠管理目的でICカードが使われていますね。
河瀬(フォトシンス):
学生は毎年人が変わるし、研究室もどんどん変わるから、簡単に更新できる仕組みが必要なんだと思います。その点凸版印刷は学生証を作っているので是非Akerunの大学への導入サポートをお願いしたいですね(笑)。
水道(凸版印刷):
もちろんです(笑)。学生証一つで、教室、会議室、図書館等にも使えるし、出席管理にも使える。シナジーがありそうです。
── Akerunはどういうシーンでの導入が多いのでしょうか。
河瀬(フォトシンス):
最も多いのはオフィスの執務室での利用です。他にはセキュリティを厳重にしないといけないサーバールームや書庫、執務室等、コワーキングスペース系でも非常に多くご利用いただいています。
土田(フォトシンス):
Akerunはセキュリティニーズで導入いただくことももちろん多いのですが、最近は労務管理・勤怠管理等を入退室履歴をもとに対応していただくようなケースも増えています。朝オフィスに来てAkerunを開けた時間が出勤時刻、帰りに閉めた時刻が退勤の時間に自動的になる、という仕組みです。打刻忘れがなくなるのも導入のメリットですね。
土田 幸介 | Tsuchida Kosuke
株式会社Photosynth Akerunビジネス本部 セールス・マーケティング部 部長
(株)リクルートを経て、(株)光通信で事業立ち上げなどに従事。同事業における最短の営業部長就任や営業成績で全国1位を達成するなど貢献。その後、2015年に(株)Photosynthに最初のセールス専任メンバーとして入社。課題解決型の営業活動を通じたAkerunの拡販や若手の育成で大きく貢献。事業開発やアライアンスの部門を経て、2021年からセールス部門で組織拡大や全国展開に向けた新チーム立ち上げをリード、現在約60名ものメンバーを抱える組織へと成長させる。2021年7月より現職。
── コロナ禍においては出社している会社も減っているでしょうから、そういったニーズは減っているのかと思っていました。
河瀬(フォトシンス):
むしろコロナ禍のオフィスにおいて、「この瞬間に」誰が、どれだけの人数がいて、どれくらい混雑しているのか、という情報を把握する必要が出てきたんです。
累計6,000社以上にAkerunを使っていただいているので、この情報を基に「オフィス出勤状況に関する調査レポート」を発表したら、反響があって記事等で引用されています。
── Akerunを使ったデータ活用ですね。他にはどんな事例がありますか?
河瀬(フォトシンス):
すみません、現時点ではまだ言えないことばかりです(笑)。
河瀬(フォトシンス):
ただ、面白いデータは溜まってきていて「これがデータ・イズ・マネーか」と実感しています。今構想しているものが何個かあるので、そういったもの第2の事業にしていきたいなと思っています。
凸版印刷のセキュアに関するノウハウ
── ではフォトシンスと凸版印刷の関係について教えて下さい。
水道(凸版印刷):
凸版印刷は2020年、フォトシンスに出資しています。
凸版印刷、スマートロック事業のフォトシンスと協業 | 凸版印刷
https://www.toppan.co.jp/news/2020/08/newsrelease200804.html
水道(凸版印刷):
あるイベントで河瀬さんのピッチを聞き、名刺交換したのが最初の出会いです。事業部門に紹介したところ、元々スマートロックは事業部門でも話題になっており、オフィス向けのシェアが大きいということで、フォトシンスのことは知っていました。
水道 梨沙 | Suido Risa
凸版印刷株式会社 事業開発部 戦略投資センター
大学を卒業後、2014年に凸版印刷に入社。経営企画部門にて成長市場のマーケティング・リサーチを経験後、2017年よりヘルスケア領域の新事業開発プロジェクトに参画。サービスの企画に携わりβ版ローンチまで繋げる。2019年よりTOPPAN CVCへ異動し、スタートアップ投資・事業開発および投資管理業務を担う。現在の担当は(株)Photosynth等。一児の母。関心分野はフェムテック、ベビーテック等。
水道(凸版印刷):
数カ月後に資金調達するとのことでしたので、すぐに出資の検討を開始しました。ただ凸版印刷は出資においては業務提携もセットなので、そこから「両社で何ができるか」とディスカッション。それこそ学生証や、ICカード等のカード発行をして、決済やカードで何か連携できないかと相談したのを覚えています。
カード発行に際しては個人情報をきちんと管理しなくてはいけませんし、金融機関との取引が長いこともあって、凸版印刷には個人情報をセキュアに管理するノウハウがあるんです。なので、ID、個人認証、情報管理等といったところと、「鍵」は相性が良いはずと思っていました。
河瀬(フォトシンス):
そうですね。連携に際して認証のセキュリティについては期待していたところです。フォトシンスは扉をインターネットに繋げるIoTの会社なので、認証の方法自体は顔でも生体でもカードでも、なんでもできるようにしたいんです。ただどの方法を採るにせよ、セキュリティだけは担保しなくてはならない。なのでセキュアかつ利便性・汎用性の高い認証やロジックを必要としていました。それにまだまだ名の知られていないスタートアップが1社でセキュリティを語るより、凸版印刷とタイアップすることでその威光を借りたかったという側面もあります。
土田(フォトシンス):
先ほどの学校の話のようにターゲットが被っているところも多いので、商品を共同で販売できたらいいねという話も当初からしていましたね。
4社の強みをもちよった協業。顔認証で空きスペースを利活用
── そんな中、フォトシンスと凸版印刷を含めた4社が協業するというリリースが出ました。どんな内容でしょうか。
宮田(凸版印刷):
フォトシンス、凸版印刷、グローリー、AWLの4社共同で、顔認証活用サービスでの協業をリリースしました。
フォトシンスと凸版印刷、グローリー、AWL、顔認証を活用したサービス開発で協業|株式会社Photosynthのプレスリリースhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000073.000011385.html
水道(凸版印刷):
本協業は「生活者が個人情報を自らの意思でコントロールできる世界の実現」を目的としたものです。個人情報保護・認証機能連携を共同展開していくという内容で、第1弾として顔認証を活用した空きスペースの利活用ソリューションの実証実験を開始します。
具体的には、フォトシンスの持つ後付け型スマートロックの「Akerun」、AIカメラの「AWL Pad」、生体認証決済サービス「BioPay」と、凸版印刷の持つ生活者主権の情報流通プラットフォーム「MyAnchor」をデータ連携させます。これによって、顔認証で本人確認し、物理的な鍵を用いず電子錠の開閉や決済ができるようにする、という枠組みです。
宮田(凸版印刷):
ちょっとだけMy Anchorの解説をすると、まず前提として、個人情報の扱いが今、CRM(Customer Relationship Management)からVRM(Vendor Releationship Management)へと変わろうとしているんです。CRMでは個人情報を会社側が管理しますが、VRMでは顧客自身が個人情報を管理する。つまり、生活者が自分で自分の情報をコントロールするようになるということです。VRMの世界観において、個人情報をセキュアに保存し、コントロールするために用いるのがMyAnchorです。
宮田 智博 | Miyata Tomohiro
凸版印刷株式会社 事業開発部 戦略投資センター
大学を卒業後1997年日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。様々な業界でのSE、PM、アーキテクト経験を経て主にメディア関連事業者を担当するプリセールスITアーキテクトとしてお客様の課題解決のご支援、先進ソリューションの提案などを推進リード。2019年4月より凸版印刷株式会社に入社。現在成長市場におけるスタートアップ企業との資本業務提携を軸とした新ビジネス創出に向け事業開発を推進。
水道(凸版印刷):
MyAnchorを踏まえ話を4社の協業に戻すと、まず事前に、必要なパーソナルデータをユーザーが登録し、サービスを受ける際にはユーザーが顔認証するだけで、チェックインしたり支払いができるようになります。現時点ではまだ実証実験段階ですが、将来的には宿泊施設やワーケーション、飲食店、宅配ボックス等、幅広いシチュエーションで使えるようにしていきたいです。
── Amazon Goの顔パスの世界観が、宿泊やカフェにも広がるようなイメージですね。
水道(凸版印刷):
そうですね。河瀬さんは長期のビジョンとして「キーレス社会の実現」とずっと言っています。そこに共感したことも出資のきっかけなので、その実現の一助になれるのは嬉しいですね。
河瀬(フォトシンス):
現在は扉の数だけ鍵が存在していますよね。オフィスの鍵も家の鍵も持ち歩かなくてはいけないし、ホテルではカードを渡され、車の鍵だって必要です。ただ、シェアリングエコノミーがどんどん加速していく中で、場所やシーンを選ばずに自由に住んだり働く時代になってきている中で、所有の象徴である鍵を持ち歩くのは限界があると思っています。そんな中フォトシンスが目指しているのは、物理的な鍵がなくなるキーレス社会。1つのIDで全ての扉を開け閉めする世界観です。
河瀬(フォトシンス):
1つあればどこでも使えるという意味では、クレジットカードに近いかもしれません。ただデータ基盤や認証エンジン、個人情報管理はしっかりとやる必要があります。もし情報が漏洩でもしたら、クレジットカードと同様大変なことになってしまいますから。ただ逆に言えば、そこがセキュアなら、利便性の高い世界が待っている。今回の凸版印刷との連携では、セキュアに個人情報を扱うための新たな枠組みの第一歩と捉えています。
今回は4社で連携しましたが、色々な連携をすることで世の中の扉をさらにインターネットに繋げられるようになる。ただ、ユースケース毎にセキュリティの強度は異なっていいはず。今回の連携ではそれを確かめられたらと思っています。
── AWLも凸版印刷の投資先ですよね。4社の連携を描いたのは凸版印刷ですか?
宮田(凸版印刷):
今回の連携を言い出したのは私です。最初に土田さんに全体の構想を相談したのですが、その際は「顔認証は敷居が高いしコストも高いイメージがあるので、そこがネックかもしれない」という話になりました。逆に言えば「これぐらいの金額に収まるのだったらいけるだろう」と。低価格でコンパクトな顔認証が必要だということで、ちょうどAWLがぴったりだったので、話をもっていきました。ホワイトボードに世界観を書いたりしていましたよね(笑)。
土田(フォトシンス):
そうでしたね(笑)。
土田(フォトシンス):
「顔認証+Akerun」という枠組み自体は、他の大手と連携して、既に実現できているんです。ただ、システム自体のコストに加えて工事等の諸経費がかかったり、セキュリティの問題で、どこにでも導入できるわけではないことはわかっていました。なのでこれらをどうにかしないと広く普及しないだろうなと思ったんです。
なので今回、「できたらいいね」というレベルじゃなくて「どうやって実現するか」というレベルでお話できて、ビジネスとして実現できたのは非常によかったです。
── 世界観や理屈が一致しても、4社で連携するのは大変だったかと思います。
宮田(凸版印刷):
大変でしたね。どこからどこまでを誰がやるという線引きや、サービスインしてからのブランディング。Win-Win-Win-Winになる仕組みを設計するのは難しかったです。
土田(フォトシンス):
最も難しかったのは、セキュリティの責任分担ですね。個人情報は取り扱うしセンシティブな顔情報も保有するので。あとは当然マネタイズ。4社がちゃんと利益が出るようなモデル設計は大変でした。
宮田(凸版印刷):
一応設計して実証実験には漕ぎ着けたものの、フィールドテストで顧客に受け入れてもらわなければ意味がありません。果たしてこの仕組みが本当に受け入れられて、よいと思ってもらえるか、ここからが勝負です。
オープンイノベーションに忍び寄る、死の気配
── 話を変えて、ここまで凸版印刷と仕事をしての、印象や感想を教えて下さい。
河瀬(フォトシンス):
すごくきっちりと仕事を進められるなという印象ですね。
宮田(凸版印刷):
前向きな言い方をありがとうございます(笑)。
河瀬(フォトシンス):
(笑)。ワークショップみたいなのに参加させてもらって、「めっちゃよかった」って言って帰ってきたことあったよね?
土田(フォトシンス):
ありましたね! 協業に関連するデザインシンキングのワークショップをやるというので、参加させてもらったんです。
水道(凸版印刷):
凸版印刷のMyAnchorを設計していくうえで、外部のコンサルタントを招いて、デザインシンキングのワークショップをやったんですよ。そこに土田さんも参加していただいたんです。4日間も。
河瀬(フォトシンス):
ワークショップや研修って、スタートアップではなかなか経験できないんですよね。
スタートアップは「とりあえずお客さんつかまえてこい」「売れたらニーズがあるということだ」と行動します。これをリーンスタートアップと呼べば聞こえはいいのですが、「売れた!」「…ところで、僕たちは結局何がしたいんだっけ?」となるリスクもある。そういうところをフォローしてもらえたんだと理解しています。
土田(フォトシンス):
ワークショップを通して、相手の考え方や仕事の進め方もわかったので、いい経験でした。
── 凸版印刷からフォトシンスはどんな印象ですか?
宮田(凸版印刷):
やはりスタートアップだけあってスピード感が全然違うのと、忙しくて時間がとれないんですよ。
河瀬(フォトシンス):
すみません、リソースが……。
宮田(凸版印刷):
だからいざお会いできたり、電話したりするとつい話しこんじゃいますね。
土田(フォトシンス):
確かに。
宮田(凸版印刷):
私たちが持っている時間軸とスタートアップの時間軸は、やはり相当のギャップがあるなと感じています。でもそこは凸版印刷側が追いつかなければいけない。ここが1つの課題ですね。
河瀬(フォトシンス):
開発リソースを割くのも大変なんですよね。例えば同じ10名の社員を充てるとしても、100人のスタートアップならリソースの10%ですが、凸版印刷なら0.1%。共同事業にリソースをかけただけ、失敗したときにはスタートアップにとっての「死」の可能性は高まる。僕らとしても非常に面白いビジョンで動いているプロジェクトなので加速させたいという思いはありつつ、「一部のリソースでどれだけレバレッジを効かせられるか」は考えざるを得ないんです。
お互いの目線をすり合わせていくことに対して時間をかけるというのは、オープンイノベーションの難しさみたいなものを感じました。
── 出資もしているわけですし、両社の付き合いは今後も続いていくのかと思います。中長期的にはどんな連携を思い描いているのでしょうか。
宮田(凸版印刷):
フォトシンスとの提携は「鍵」が1つのキーワードとなるわけですが、鍵というのは「その瞬間」の関係とも言えます。ですが、今回の4社連携では、MyAnchorのVRMという概念でそれを拡張できるものだと考えています。なので鍵を含め、前後トータルで体験価値を設計できたらいいなと考えているところです。
土田(フォトシンス):
そうですね。キーレス社会の実現や、今ご一緒しているVRM。「生活者に届けられる価値は何か」ということを突き詰めて、共同でサービスを創造し、浸透させていきたいです。新しいインフラを一緒に作っていきたいと思います。
宮田(凸版印刷):
今回の案件に限らず、引き続きご一緒させてください。
河瀬(フォトシンス):
こちらこそ、ぜひよろしくお願いします。
(執筆:pilot boat 納富 隼平、撮影:taisho)