スタイラー株式会社(以下「スタイラー」)は2021年4月28日、同社が展開するアプリ「FACY(フェイシ―)」の正式版をリリースした。
従来版(以下、本稿では便宜的に「β版」と呼ぶ)で提供していた店員とのコミュニケーション機能は残したまま、Q&A方式から近隣の店舗の在庫が見られる形に変更している。FACY正式版の詳細、そしてOMOの現況について、スタイラー代表取締役CEOの小関 翼氏に話を伺った。
(取材:2021年05月)
スタイラー株式会社 代表取締役CEO
小関 翼(Koseki Tsubasa)
日英のメガバンクにて法人取引き、大手EC事業者Amazonでの決済サービス事業開発を担当後、ライフスタイル分野にマーケットデザインの問題が大きいことに着目し、2015年3月にスタイラー株式会社を設立。Fashiontechで未来の購買体験をアジアから作っていくことを目指す。経済産業省アパレル委員会。東京大学大学院修了。
Q&A方式から近隣のアイテムが表示される方式へ
FACYはオンラインとオフラインの接客・購買サービスを組合わせた、ファッション・ライフスタイル分野のOMO(Online Merges with Offline)のアプリだ。アプリを立ち上げると、現在地や指定したエリアの半径3kmにある店舗の在庫がフィードに流れてくる。取材時点ではまだパーソナライズされていないが、今後は個人の趣味・嗜好にあわせたアイテムが表示されるようになる。取材時点では渋谷エリアのみで提供しており、順次エリアを拡大していく。
アイテムを選択したら、該当ショップの店員とメッセージして質問や相談もでき、アイテムは店舗での取り置きも可能。店頭にピックアップしに行ってもいいし、FACY内でECとして買い物もできる。今まで店頭でアイテムを探していたユーザーからすると、買うものを選ぶのに街を1~2時間巡っていた時間が短縮されるし、ショップに行く前に相談もできるようになる。また新しいショップにも出会えるという利点もあるだろう。
β版では3km圏内のショップのアイテムが提示されるのではなく、Q&Aの形式をとっていた。例えば「これから夏になるので半袖のビジネスのポロシャツで便利なやつが欲しいです」とユーザーが投稿すれば、ショップ店員は「うちにはこういう商品がありますよ」と返答する、という具合だ。
つまりβ版と正式版で大きく違う点は、アイテムディスカバリーの体験だ。β版のQ&A方式から、正式版のレコメンド方式になることにより「ユーザーへ商品を届ける速度が上がった」と小関氏は語る。ユーザーが何か欲しいと思ったときにアプリを開いて、30分~2時間程度でアイテムを購入するのがベストシナリオだ。
ファンを作ることでLTVを増大
FACYを利用するショップ側の利点は何か。まずは平均単価の上昇が望める。小関氏によると、ユーザーの平均単価はEC、店舗、クロスセル(オンラインとオフラインの併用)の順で高くなり、店舗はECの2~3倍、クロスセルは店舗の2~3倍(つまりクロスセルは店舗の4~9倍)も平均購入単価が高くなる。そのためショップとしてはECから店舗に送客することは非常に重要なのだ。
とはいえ、店舗へ誘客するのは楽ではない。SNSを運用し続けたり、「ウェブ上から店舗送客でユーザーを獲得しようとすると、1ユーザーの店舗送客コストは数千円かかってもおかしくない」(小関氏)。FACYはテイクレート(取引手数料率)を20%に設定しているが、平均単価が2万円とすれば4000円。これだけでは決して安い金額ではいが、それでも店舗にユーザーが来て他のアイテムを併売したり、再来店することを考慮すれば元はとれるという計算だ。ショップ側には単発での販売損益ではなく、LTVで考えることが求められそうだ。
自社メディアやSNSから情報発信しているブランドも多いだろうが、FACYはクロスブランドでユーザーに表示されるため、「自分の店にはこういうものを置いています」という情報を、潜在顧客に知らせられるというメリットもある。つまり新規顧客の獲得に役立つのだ。
またショップ側の利点として気になるのは管理機能。ユーザーとショップが集まるプラットフォームであるFACYならではの分析はできるのだろうか。この点、現在ショップ向けにはシンプルな機能しか用意していないとのことだが、今後は、機能が充実した有償版を提供する計画だ。
現在FACYへの出店自体は無料で受け入れていることもあり、在庫登録や取り置き・パッキングの連絡等のシンプルな機能しか提供していません。今後は有償版で、売上分析や、ユーザーのセグメンテーションによるメッセージング、マーケティングオートメーション等の機能を計画しています。(小関氏、以下同)
店舗在庫とコミュニケーションのデジタル化
そもそも店舗ショッピングのデジタル / OMO化という論点に対する解決策は、国内外を見渡してもそれほど事例が多いわけではなく、その方法は大きく2つに分かれる。即ち①店舗在庫のOMO化 と、②店舗コミュニケーションのデジタル化だ。
①店舗在庫のOMO化の方法は、主に(ⅰ)BOPIS(Buy Online Pick-up In Store)と(ⅱ)マイクロフルフィルメント(近隣配送)だ。先進国のように配送員の人件費が高い国だと、配送費の負担を避けるために店頭ピックアップが増えてくる。実際一部のファッションブランドではEC売上の半分以上がBOPISになっているという話もある。
他方のマイクロフルフィルメントについては、ファッションに限らず新興国で勃興しているようだ。中国では美団、東南アジアではGrab等のプラットフォーマーが「半径3km圏内なら2時間以内に配達する」という形式が多い。
前述のようにFACYではBOPISも配送も可能。だがユーザーはインセンティブがないとわざわざBOPISは選択しない。そこでFACYでは正式版のリリースに合わせて、商品の受け取りにBOPISを選択した場合には、いつでも1000円オフになる(税込5000円以上の場合のみ)仕組みを採用した。
②店舗コミュニケーションのデジタル化については様々な方法があるものの、前掲の通りFACYではチャット機能から店員に相談できるようになっている。(ちなみに、今後例えばライビコマース機能を付ける等のアップデート構想もあるそうだ。)
商品を購入する前に、何か確認したいことってありますよね。例えば「PCスリーブはあるか」「15インチのMacBookは入るか」とか。デジタルの扱いが上手いブランドやショップはSNS等でうまく対応しています。しかしメールやSNSの問い合わせに返信がないことも多いのが現状です。
他にも、問い合わせ先がコールセンターの場合は商品が身近にない人が答えるから細かいことがわからないケースもあるし、チャットボットも一般的なことは答えられても細かいことへの回答は厳しい。その点FACYならチャットの先にいるのはショップの店員で、ユーザーからの回答には柔軟に対応できる。
FACYが目指しているのは、ECではなく「店舗ショッピングのデジタル化」。店舗在庫のOMO化、店舗コミュニケーションのデジタル化の両面からユーザーとブランドを支援していきます。
インタビューはpodcastでも配信しています
FACYに関する小関氏のインタビューはpodcastでも配信中。上記の詳細 はもちろん、記事には書けなかった以下のような内容についても、語ってもらっている。
・FACY正式版の詳細
・日本 / 海外のOMO(ニューリテール)の状況
・日本のショッピング体験はどうなっている?
・個別のアプリとFACYのようなプラットフォームの体験の差とは
(interview / text: 納富 隼平、edit: pilot boat、photo: Shun Nakayama)