ディープラーニングやLLMという単語が飛び交うようになって久しい。記事を執筆している2024年7月現在、AI関連の再注目トピックはやはり生成AIだ。スタートアップの資金調達に関するニュースでも生成AIという単語は度々登場。ベンチャーキャピタルなど投資家から注目も高まり、また生成AIを用いたDX・業務効率化にも期待がかかっている。
そんな中注目したいのがジュリオ株式会社(以下「ジュリオ」)だ。同社代表の姥貝(うばがい)氏は、エンジニアでありながら、公認会計士や公認システム監査人、公認不正検査士の資格をもつ。氏の知見やノウハウを元にして開発されたのが、2023年にリリースされた「財務AI」だ。名前の通り、財務や会計分野での活躍が期待される生成AI系のサービスとなっており、例えば融資判定や内部統制フローチャート作成、減損に関するレポート作成、入金消込原因調査などに対応している。財務分野に留まらず、SWOT分析やメール添削なども可能で、バックオフィス業務のDXを進める一助になりそうだ。
ジュリオ代表の姥貝氏に、自社専用AI開発サービスや、そのコンセプトモデルとなるジュリオについて話を聞いた。
姥貝 賢次 | UBAGAI Kenji
ジュリオ株式会社 代表取締役
プログラマとして起業の後、早稲田大学大学院を卒業して公認会計士に。その後、監査法人トーマツへ入社し、会計監査・システム監査・不正調査などの業務経験を経て独立。財務経理とセキュリティの専門性を活かしてプロダクト開発を進める。
エンジニア、公認会計士、公認システム監査人(情報セキュリティ監査研究会)、公認不正検査士。
ベテラン社員のノウハウを組み込んだAI
ジュリオの事業の柱は「生成AIシステム開発」。これは企業が抱えるベテラン社員やエキスパートと呼ばれる人材のノウハウを生成AIシステムへ組み込むサービスだ。AIへの難しい指示は不要で、今までベテラン社員だけが抱えていた暗黙知も含めたノウハウを全ての社員が扱えるようになる。
自社専用の生成AIシステムを構築するためには、まずジュリオのコンサルタントが社内の暗黙知を含めた業務ノウハウを調査分析して言語化する。それをジュリオ独自の解析AIがノウハウを数百〜数千のファクターに分解・再構築。最後に、AIへ追加学習させることで「ベテラン社員だったらこんな判断をする」「エキスパートはこのノウハウを使い、こういうレポーティング分析をする」といった判断をして社員の業務をサポートする、というわけだ。
ビジネスモデルとしてはSaaS型を基本としながらも、カスタマイズにも応じる。財務系の業務を前提とすれば、後述する「財務AI」をそのまま使うこともできるし、自社独自のノウハウをAIに組み込むことも可能だ。
姥貝氏によれば、ユースケースとして進んでいるのは金融機関の融資や投資の審査とのこと。とはいえ、例えば「赤字が2期連続の場合は融資しない」「債務超過の場合は投資しない」程度のことであれば、わざわざ小難しいAIなど使わなくても業務遂行には問題なさそうだ。他方で、銀行と別口のコネクションがある、担保がある、担当者が会社の事情に詳しいなどの事情があると、融資不可が可になったり、融資額が増額したりするといった例は珍しくはない。このような場合、金融機関の担当者は融資を受ける会社のビジネスモデル等をレポーティングしている。「これまではこのレポーティングを担当者の勘や経験でこなしていたが、これを生成AIシステムで代替できるようになる」と姥貝氏は語る。
融資面談の際に、金融機関は社長にインタビューをしますよね。その際ベテラン担当者が使っているノウハウは、細分化すると約2000程度になっているとジュリオでは解析しました。でもこれらすべてを若手担当者が自ら使いこなすのは難しい。
しかしジュリオのAIを使えば、企業からの入手資料やインタビューのメモをインプットするだけで「経営者は信用できるか」「会社の業績は安定しているか」といった、ベテランのノウハウを使ったレポーティングが瞬時にできるようになるのです。(姥貝氏、以下同様)
ところで、財務部や経理部、IR担当者が後述する「財務AI」に好反応を示したとしても、上司や経営層の理解がないと採用は難しいだろう。しかし近年は人手不足に加え、バックオフィスでもDXの要請が高まっている。こういった事情はジュリオのサービスを採用する追い風になっているようだ。実際、ジュリオの生成AIシステムは既に金融機関へ導入されており、製薬や通信など幅広い業種からも問い合わせが来ているという。規模も中小企業から時価総額が兆円単位の企業にまで及んでいるそうで、社会からの関心の高さが窺える。
コンセプトは「財務AI」。会計士のノウハウを注ぎ込んで開発
そんなジュリオのコンセプトモデルとしてリリースしているのが、「財務AI」だ。公認会計士等の資格をもつ姥貝氏が「自分が欲しい機能について、自分のノウハウをAIにセットアップした」ものとなっている。
「財務AI」の想定顧客は企業の経営企画や経理・財務部門、税理士事務所、金融機関などで、書類の作成に高度なノウハウが必要な現場。企業は財務AIをベースに必要なカスタマイズを加えることで、短納期・低コストで財務に関するAIが導入でき、ひいてはホワイトカラーのDXを推進する。
「財務AI」の利用シーンに挙げられるのが、例えば企業の入金消込業務だ。「今月分と来月分が一緒に入金される」「複数の請求書が1つの入金になる」「購買取引と相殺された分だけが入金される」といった事象があると、入金消込の難易度は跳ね上がる。大企業ともなると、こういった事象は年間数万件も発生しており、担当者が対応に追われているようだ。企業にはノウハウが溜まっているものの、その中には種々雑多なものも多く、ノウハウの継承が難しいケースは少なくない。そのため担当者がいなくなってしまったら、入金消込業務の効率性は著しく滞ってしまうだろう。
そんなときに登場するのが「財務AI」だ。前述の通り、これまでにあった入金消込トラブルやその原因をAIにセットアップする。そうすると請求額と入金額に齟齬があるような場合に「こういう可能性があります」とレコメンドを出したり、当該取引先の過去の齟齬を参照したりできるようになるのだ。初めて遭遇するエラーには対応できないケースもあるものの、これまで入金消込業務に費やしていた時間は大幅に圧縮される。
「財務AI」では他にも、例えば回転率や利益率の計算に基づいて、その数字が意味することや会社として採るべきアクションプランやインサイトを提示するといったことも可能だ。会計や財務に一定以上詳しい者なら「売上が一定なのに売掛金が増えていたら不正の可能性がある」といった知識や経験則をもっているが、こうしたインサイトを会計初心者にアラートできるようになる。
以下、公認会計士や監査人向けに少々細かい点を補足する。会計監査においては増減分析や異常値分析を実施する際に「XXXという季節性の要因が売上を押し上げている」といったコメントをするが、「財務AI」はそのようなコメントを生成するといったことも可能だそうだ。
また「財務AI」には監査人が大量に抱える、減損をする / しないためのロジックや状況をセットアップできる。これを用いて、減損判定に関するレポーティングをサポートすることも可能だ。例えばCVCが投資先スタートアップの減損判定をするケースを想定しよう。ある投資先について、減損の兆候はあるものの、減損は不要だと担当者は考えている。ここで「財務AI」に当該スタートアップに関する必要事項を入力すると、減損不要なロジックをAIがレポーティングしてくれる。会社毎に、過去の監査人とのやりとりのデータを追加でセットアップすれば、より精緻な報告も可能だろう。これによりCVC担当者の四半期毎の減損資料作成コスト低減を狙う、というわけだ。(減損しなければならない投資を、減損しないようにするような機能ではないことは念の為に付言しておく。)
近年盛り上がるCVC活動の中、投資先管理の負担増に頭を悩ませている会社も増えており、その負担軽減を目的にジュリオへ問い合わせするケースも増えているようだ。もちろん、上記機能はCVCの投資先管理だけでなく、大店舗などの固定資産の減損判定などにも使えるだろう。
業務記述書からフローチャートも自動作成。パワポでの修正すら不要
ジュリオのプレスリリースを見てみると、議事録生成やSWOT分析など、様々な機能が続々と追加されていることがわかる。
その中でも特に注目したいのが、内部統制やIPO準備において必ず制作が要求される「業務プロセス図(内部統制フローチャート)」の自動生成機能だ。「この業務はこういう順番でどの部署が対応し、その承認は誰がどのタイミングで承認している」といった業務内容を記述したテキスト(業務記述書だけでなく、業務マニュアルや規定でも可)を財務AIに入力すると、自動でフローチャートが生成される。「こういう図を作りたかったらこういった文書を作る」といったルールもなく「どんな文章でも解析してくれる」(姥貝氏)そうだ。
フローチャートは自前で作成すると手間と時間がかかるし、外注してもそれなりのコストがかかる。それをものの数分で作成してくれるのだから驚きだ。「現時点で、少なくともIPO準備会社のN-2期の会社には対応できるレベルのものが作成できる」と姥貝氏は胸を張る。筆者の目前で、実際に業務記述書を財務AIに入力してもらったところ、実際に作成されたのが以下のフローチャートだ。作成は数分で完了している。
完成したフローチャートは当然、修正も可能だ……と言うと「図をパワーポイントに落として必要事項を修正する」なんていうことを想像してしまうが、そんなことをしなくても、例えば「事務部から請求書を取引先に送付しているが、実際には財務部経由で送付している」と文章を追記すれば、すぐに新しい図を作成してくれる。
この機能を開発するには、会計や内部統制を理解し、その上でAIの開発をしなくてはなりません。かなり難しい領域であることは間違いなく、日本でも世界でも、同等の機能は見たことがないですね。非常にニッチではありますが、面白くて企業の役に立つ機能だと思っています。
財務に留まらない「推し」機能
財務AIの「推し機能」の2つ目がSWOT分析だ。企業の業種・業態、プロフィールや内部・外部環境情報を入力するとSWOT分析を自動で実行し、戦略の立案や推奨行動といった記載もしてくれる。筆者の目前で実際にアウトプットされたSWOT分析が以下だ。
(image : ジュリオ)
SWOT分析機能では、会社が必要事項を入力すると、裏側でいきなりAIに「SWOT分析してください」と命令しているわけではなく、実際には何十回、何百回のやりとりをAIとしている。その結果出てきた要素を組み合わせ、例えば「この強みとこの脅威があるのなら、こんな戦略が考えられる」という出力をする仕組みになっているそうだ。なお、生成AIが事実に基づかない回答をする「ハルシネーション」については「適当な回答は出力しないというノウハウを事前にセットアップしているため、発生しない」(姥貝氏)という。
「現在、統合報告書にSWOT分析を掲載する企業が増えており、そういったところで使用したいとの声も届いている」と姥貝氏は語る。「CFOのインタビューを、こういう観点でまとめ、こういう表現にまとめる」というノウハウがセットアップされ、統合報告書用のCFOインタビューをAIで作れるようになる日は遠くないかもしれない。
実際、統合報告書のようなコンテンツを作成するプロジェクトも水面下では進めているとのこと。非財務情報の開示の拡充が期待されている昨今の情勢に鑑みれば、今後当該分野での生成AIの活用には期待がかかるところだろう。
財務AIからナレッジマネジメントの革新へ
話を「財務AI」から、「生成AIシステム開発サービス」に戻そう。
繰り返しになるが、生成AIシステムの開発においては、最初に企業のノウハウを言語化・構造化し、AIにセットアップされたノウハウを企業が日々利用する。AIはその裏側でレポーティングをし続けるわけだが、その結果はさらに解析にかけられ、定期的に「こういうノウハウを追加したらどうですか」「このノウハウは陳腐化し始めているので、こういうのに差し替えたほうがいいかもしれないですよ」といった具合に、企業にメンテナンスを促す仕組みとなっている。日々ブラッシュアップされていくノウハウをアップデートし、企業は競争力を高めていくという寸法だ。
企業の中には財務だけでなく、色んな分野のエキスパートが存在します。でもそのエキスパートはだんだん高齢化し、定年退職していってしまう。近年の人材流動化に鑑みれば、転職する可能性も低くないでしょう。つまり、現代においてノウハウの定着は、企業にとって大きな課題となっているんです。ジュリオはこの課題を、AIを使うことで解決し、ひいては日本企業を守っていきたいと考えています。
姥貝氏によれば、ジュリオが向かう果ては、ナレッジマネジメントの革新だ。これまで企業におけるナレッジマネジメントと言えば、オンラインストレージにファイルを格納して共有するに留まっているケースが多かった。ジュリオはそこからノウハウを抽出し、AIが自動で情報を収集し、分析し、書類を自動で作成する未来を描く。
人間はAIがどうしても対応できない分野や、チームとの関係構築などに特化し、データ解析や書類作成などはAIに任せる時代がやってくると思います。AIが企業にコミットした未来の姿をつくっていくというのが、今、ジュリオが取り組んでいることです。
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近年の人手不足は深刻だ。どの分野の話をしていても、人が足りている分野などほとんどないことを筆者は実感している。バックオフィスにおいてもそれは例外ではない。それ故に国を挙げてDXを推進しているのだろう。とはいえ、これまでベテラン社員に頼っていたノウハウを誰でも使えるようにするのは簡単ではない。その点ジュリオは、生成AIを用いることでこの課題に対処しようとしている。
今回話を聞いた以外にもジュリオは様々な業務効率化を進めているようだ。また本稿では経理や財務業務を念頭に置いて話を聞いたが、それ以外の分野でもジュリオの「生成AIシステム開発」は役立つだろう。生成AIによる業務効率化に関心のある企業は、ジュリオの動向を是非チェックしてみてほしい。
(interview / text: pilot boat 納富 隼平、photo: ソネカワアキコ)